シュザンナ

作;フミラ

 シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ…銀河英雄伝説の中で、彼女ほど度々ラインハルトの心臓に刃を突き付けた人間はいないだろう。
 後世の歴史学者は、おそらく彼女のことをこう呼ぶ筈である。「ラインハルト大帝とその姉の命を狙い続けた稀代の悪女」と。
 しかし、本当に彼女は悪女だったのか?後宮に納められた頃、蕾を開いたばかりの桜草にもたとえられた少女を、猛禽に変えたのは何だったのか?シュザンナの目から見た、もう一つの歴史がここにある。
第1話
前奏曲<プレリュード>
 帝国歴七七一年、大舞踏会に参加するデヴュタントの中に、一人の少女がいた。時代の美の基準から離れたところに立っている少女の名前はシュザンナ・フォン・ベーネミュンデ。今、彼女の前で、舞台の幕が上がろうとしている…。
第2話
円舞曲<ワルツ>
 シュザンナは踊る。風のように軽やかに。それを貴賓席から見つめる人物があった。
「あれは誰じゃ?」
 この一言を発端に、シュザンナの人生が、そして彼女を取り巻く人々の人生が、思わぬ方向へと動き始める。
第3話
女優誕生
 突然、後宮に納められることになったシュザンナ。しかし、シュザンナはそれが何を意味するかもまだ知らなかった。その姿に、宮廷医師グレーザーは、痛ましさすら覚えるのであった。
第4話
そして開演のベルは鳴り…
「シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ、一つ所望しても良いか?」
「…はい…何でございましょう?陛下のご所望とあれば何なりと…。」
「それはそなたじゃ…。」
 その後のことをシュザンナはよく覚えていない。恐怖と驚愕と羞恥と苦痛、それらがない交ぜになった中で、シュザンナ・フォン・ベーネミュンデは「少女」から「女」になった。
第5話
迷宮<ラビリンス>
 帝国歴七七二年、春の大園遊会。シュザンナは皇帝の最も新しく若い寵姫として出席する。しかし、そこでの出来事は、彼女の胸を引き裂いた。
(もう私には後宮の外では何の価値もないらしい。ここが、ここだけが私に残された場所なのだ…。)
 シュザンナの胸の中で、半年前の大舞踏会の思い出を暖かく照らしていた蝋燭が消えた。そしてそれは、彼女が生を閉じるその瞬間まで、再び灯ることはなかった。
第6話
幕間<パウゼ>
 シュザンナを、自分の理想の後宮の女性に仕立て上げようとするシュミット老女。しかし、彼女には彼女の哀しみがあった。
 士官学校での白兵戦競技会で優勝した青年。彼にも、運命の女神は微笑んではくれなかった。
 人は皆、苦しみや哀しみを背負って生きて行くしかないのだろうか?
第7話
懐妊
 帝国歴七七三年、シュザンナはフリードリヒ四世の子を懐妊する。
 毎日のように見舞いに訪れる皇帝。それは、シュザンナの心を和ませた。
 永遠にこの時が続くのだと、シュザンナは信じていた。皇帝と自分と、そして生まれてくる子供と三人で、こんな穏やかな時間をいつまでも持ち続けていけると…。たとえ正妃でなくてもいい。こんな時間が持てるなら…これが、その時のシュザンナの偽らざる気持ちであった。
第8話
喪われしもの
 「皇子を守る算段をするのはそなたの役目ではないか!何故じゃ?何故、皇子を守ってくれなかったのじゃ?陛下の御子を!何故、守ってくれなかったのじゃ?お前が皇子を殺したも同じではないか!」
 皇子の死によって、シュザンナとシュミット老女の間の関係は破綻へと向かった。そして、それが、新たなる悲劇への導火線に火を付ける…。
第9話
女後継者
 シュザンナの男子死産は、ベーネミュンデ家の後継者決定にも大きな影響を与えた。娘の将来を案じた両親は、シュザンナを後継者に選んだのである。身の置き所をなくした姉娘。皇帝の寵姫との接点を求めて彼女に求婚する貴族の中に、カストロプ家のマクシミリアンもいた。将来の公爵夫人という肩書きに浮き立つマルゴット。しかし、現実はベーネミュンデ家の姉妹に過酷だった…。
第10話
皇后風邪
 帝国歴四七七年、辺境の惑星からペットとして持ち込まれた小動物から拡がったウィルスは、オーディン全土を疫厄に陥れる。疫神の前には、貴族も平民も平等であった。犠牲<いけにえ>の祭壇には、皇后エレオノーレをはじめ、多くの貴族の生命<いのち>も捧げられた。疫厄は、人の命を奪うだけではない。祭壇から逃げおおせた者の人生の脚本にも、それと知らぬ間に、なにがしかの修正が施されたのである。
第11話
灰色の時代
 フリードリヒ四世----暴君ではないが、名君でもない、「灰色の皇帝」と評される人物。彼の女性に対する嗜好は、四〇代を境に一変する。それは一体何故だったのか?彼は女性に何を求めたのか?
 後宮に納められて五年。シュザンナにとって、皇帝に仕えることだけが己の存在理由となっていた。皇后亡き今、それを邪魔する者はいない筈だった。しかし、第二子の流産以降、フリードリヒ四世の心はシュザンナから次第に離れていく…。
第12話
血と水と
 我が身を儚み、妹を恨む毎日…。そんなマルゴットに仕掛けられた甘い誘惑の罠。
(侯は、私にシュザンナのお腹の子を産ませるなと言っておられるのだ。シュザンナが死ねば、私がベーネミュンデ家の当主だと。)
 だが、シュザンナの私邸を訪れたマルゴットの眼に映ったものは、精神を病んでいるとしか見えない妹の姿であった。後宮での生活は、決して自分が思っていたように光輝に満ち溢れたものではない。皆から羨望の眼差しで見られるのは、その私生活のほんの一部分でしかないのだと気付いた時、マルゴットの中でシュザンナへの害意は急速に萎んでいった。
第13話
寵姫
 シュザンナが宮廷に再びその姿を現すようになった時、彼女の留守中に忍び込んだ「雌狐」は、しっかりと自分の巣穴を後宮に確保してしまっていた。
「こんなことが許されて良い筈がないのじゃ。陛下のお隣にいるのがあの娘などと、そんなことが許されて良い筈がないのじゃ!!」
 皇帝から、平民以下の暮らしをしていた娘と同等、或いはそれ以下に扱われたと傷つくシュザンナ。その怒りは、「あの女」に向かう。シュザンナにとって、それは、自らの存在を掛けた戦いの始まりであった。
第14話
陽は翳りぬ
「突然の解雇、それも懲戒処分ということで、お辛い人生だったことでしょう。さぞ、ベーネミュンデ侯爵夫人のことを恨んでおられるでしょうね。」
 訪問者の質問に対し、ヨハンナは決してシュザンナを非難するような言葉を発しなかった。
「あれ程目下の者にお優しいお嬢様は、いらっしゃいませんでしたよ。ただただ、皇帝陛下のお気持ちだけを支えに生きておいででした…。」
 ヨハンナにとって、シュザンナは、いつまでもベーネミュンデ子爵邸にいた頃の少女のままであった。
第15話
皇孫誕生
 皇太子の成婚、そして嫡孫エルウィン・ヨーゼフの誕生。
 歓びに涌く帝国の中で、ベネディクトは、この一〇年間を苦い想いで振り返る。
(シュザンナ…僕のしていることを知ったら、君はどう思うのだろう?結局、君は僕にとって永遠に高嶺の花なのだ。もう、君をこの手にしたいとは思わない。それは余りにも僕には大それた事になってしまったから…。でも…でも、何か一つくらい、君の為に役に立ってから死にたいよ…。)
 グラスの中で、氷が音を立てて崩れた。
第16話
終わりの始まり
「あの孺子<こぞう>を亡き者にするのじゃ。」
 シュザンナのアンネローゼに対する敵意は、遂に「あの女の弟」への殺意という形を取って実体化する。カプチュランカで、そして、イゼルローンで、シュザンナの放った刺客が「あの女の弟」の心臓を狙う。「あの女」の嘆き悲しむ姿を想像して、シュザンナの笑いが私邸に響く。
第17話
朽ちゆく大樹
 皇太子ルードヴィヒの夭逝によって、帝国の行く末は混迷を深めた。
 そんな時、シュザンナの耳に入った幼年学校での不祥事。解決したのは、「あの女の弟」。
(マクシミリアン、そなたがいないせいで、帝国はどんどん悪い方向に向かって行く。母を許して給れ。そなたを守ってやれなんだ母を。しかし、母は、そなたの分も、きっと帝国を守ってみせる。下賤な奴等の好きにはさせぬ。)
 シュザンナは、死せる我が子に誓うのだった。
第18話
薔薇の騎士<ローゼンリッター>
 グリンメルスハウゼン子爵が大将に昇進する祝いのパーティーで「あの女の弟」を叩きのめそうとした男の存在に、シュザンナは期待を抱いた。しかし、その男は逆亡命者であった。
「信ずるには値せぬ。」
 果たして、それは彼女にとって正しい選択であったのか?逆亡命者の名前はヘルマン・フォン・リューネブルク、第一一代薔薇の騎士<ローゼンリッター>連隊長である。
第19話
策謀
 「あの女の弟」は、どんどん昇進し、力を増してくる。「あの女」に対する皇帝の寵愛も翳るところを知らない。それに引き替え自分は…。かっての賑わいを失った私邸で、シュザンナの怨念が渦巻く。
 シュザンナは「あの女」への「直接的な攻撃」をグレーザーに命じるのだった。
第20話
死神<トート>
 クロプシュトック侯爵領討伐において起こった、平民少将による権門出身者の処刑。それが、自分の人生に関わってくるなどと、シュザンナは思いもしなかったであろう。しかし、帰還した戦艦がクロプシュトック侯領から運んできたものは将兵達ばかりではなかった。大鎌を手にした死神が、美しい獲物を求めて、戦艦からオーディンの街へとすべり出て行ったのである。金銀妖瞳<ヘテロクロミア>の将校の姿を取って…。
第21話
明けの明星
 シュザンナによるアンネローゼ襲撃は失敗に終わり、その事実は白日の下に晒されることとなった。グレーザーから得た証言、及び証拠の品を携えて、国務省へと向かうワイツの眼に、最後の輝きを空に投げかけている明けの明星が映る。陽が昇れば、その光は天空から消える…それは、まるでベーネミュンデ侯爵夫人その人のようであった。
第22話
終幕
 帝国歴四八六年五月一八日、シュザンナにとって最後の幕が上がる。
 後世の歴史学者は、おそらく彼女のことをこう呼ぶ筈である。「ラインハルト大帝とその姉の命を狙い続けた稀代の悪女」と。
 しかし、本当に彼女は悪女だったのか?後宮に納められた頃、蕾を開いたばかりの桜草にも例えられた少女を、猛禽に変えたのは何だったのか?
 作者は読者諸氏に問いたい。あなたの中に、シュザンナはいないかと…。
あとがき ちょっとした解説です。言い訳ともいいます。
 本作品では、『銀河英雄伝説』(田中芳樹先生著)の原文をそのまま使用している部分があります。それは本作品を書くということを、『銀河英雄伝説』を歴史上の事実と捉え、同じ歴史を異なる視点から見ることによって、その行間に新しい言葉を挿入する作業であると考えているためです。決して文章表現上の盗用を意図したものではありませんので、ご了承下さい。




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